韓国の有名な芸能事務所といえば、やはりSMエンターテインメントと、YGエンターテインメント、JYPエンターテインメント。

少女時代をプロデュースし、世界的な知名度を獲得しているSM、そしてBLACKPINKで再び注目を浴びるYG。一方、JYPもワンダーガールズや2PM、miss A、GOT7、TWICEと、有名アーティストを次々とプロデュースし、常に注目されてきました。

しかし、そもそも「JYP」ってどういう意味なんだろう? どうしてJYPエンターテインメントは作られ、発展してきたんだろう。今回の記事では、そんなJYPエンターテインメントの秘密を探ります。
 

JYPは人名だった!

事務所名の「JYP」ですが、実は創業者の名前から取っています。

JYPエンターテインメントは、1972年生まれのパク・ジニョンという男性によって設立されました。パク・ジニョンは、英語で書くと「Jin-Young Park」となり、その頭文字を取ると「JYP」になります。


(元ワンダーガールズのユビンと、お酒を楽しむパク・ジニョン氏)



JYPの歴史はパク・ジニョンの歴史

パク・ジニョン氏は、1972年(1971年とも)にソウルで生まれました。2年間アメリカ・NYで暮らし、1990年、延世大学校の地質学科に進みます。

ちなみに、延世大学は、ソウル大学・高麗大学と並ぶ名門大学で、この三校は「SKY」と呼ばれています。日本だと「東大・早慶」といった感じですね。

しかし、歌手になる夢を持ち続けており、1992年に「パク・ジニョンと新世代」というユニットでデビューしましたが、ヒットせず。しかし、1994年にソロ歌手としてデビューし、ビニールパンツでステージに上がるなどのパフォーマンスで人気を集めます。

1997年に独立し、自分の事務所「テホン企画」を立ち上げ、同時に他のアーティストのプロデュースも開始します。パク・ジニョン氏のプロデュースで、1999年にデビューした男性ユニットgod(ジーオーディー)は、アメリカにも進出。K-POPの先駆けとなりました。

2001年に、自分の名前を取った「JYPエンターテインメント」に変更し、これが現在まで続いています。

2007年にJYPからデビューしたWonder Girls(ワンダーガールズ)がヒット。翌2008年には2PMをデビューさせ、2011年にはmiss Aのプロデュースを引き継ぎ、2014年にはGOT7、2015年にはTWICEと、ヒットグループを続々と輩出しています。
 

受け継がれるJYP魂

パク・ジニョン氏は、プロデュースを手がけるとともに多くの曲を作曲しています。

2008年にワンダーガールズがリリースした『So Hot』ですが、これはパク氏が自ら作曲した曲。彼が作った曲には、「J.Y.Park “Asiansoul”」(JYP アジアの魂)というクレジットが入っており、曲の冒頭で「J.Y.P!」というコールが入るのが特徴です。

TWICEも、『So Hot』を何度かテレビで披露しています。続けて歌っている『What is Love?』はTWICEのオリジナル曲ですが、これもパク氏作詞・作曲の楽曲です。

パク氏は、現在も個人として音楽活動を続けています。2015年には、Jessiとコラボしています。2016年の『Still Alive』のMVでは、GOT7のサイン会に自ら乗り込んでいくストーリーを描いています。

自分を「ゴリラ」と名乗り、おじさんっぽさを強調していますが、まだ40代。実業家としてはもちろん、歌手としての実力もバッチリです。



JYPの評価はそれぞれ、様々

多くの人気ユニットをプロデュースしてきたパク氏は、若い世代から強い支持を得ています。日本でいうと、おニャン子クラブやAKBをヒットさせた秋元康氏に近いでしょう。

2010年には、中道政党の民主党が、政策を研究する青年研究所という組織を設立し、パク氏をその代表にしようとしたほど。
当時、民主党よりも左派の国民参与党という政党が若者の間で支持を広げていたので、これに対抗するために、若者に人気のあるパク氏に助けてもらおうとしたのです。

しかし、彼もすべてにおいて成功してきたとは言えないようです。ワンダーガールズが韓国で人気を集めたので、アメリカでもヒットするだろうと期待したのですが、アメリカでのトレンドを把握していなかったために失敗。
韓国に帰ってきた時には、すでにSMのプロデュースする少女時代が大ヒットしていました。

他にも、PSYの『江南スタイル』を酷評していたのに、PSYはアメリカで大ヒット。どうやらアメリカに弱いようです。
TWICEの最終オーディションで落ちてしまったソミが、PRIDUCE101で優勝し、I.O.Iのリーダー的ポジションになるなど、ヒットしそうな曲・歌手をいつでも見抜けるわけではありません。

それでも、パク・ジニョンは、広い視野を持っている人物だと言えそうです。

2007年には、「韓流がこれからも続いていくためには、もっと柔軟にならなければいけない」と語っています。韓国の音楽が、日本や中国でヒットするためには現地の会社と手を組まなければならない、韓国的であることにこだわってはいけない、という意味です。

「K-POPは、韓国人による韓国人のための音楽だ」という考え方は、2007年にすでに古くなっていたということですし、「日本人は日本でデビューすべきだ、韓国に行くなんて!」となぜか怒っている人も、同じく古い考えの持ち主と言えます。

実際、TWICEが日本でヒットしたのも、日本人が3人も参加しているから、という点が大きいと思います。日本人メンバーの存在がTWICEへの関心を惹き、韓国人メンバーの人気も上がり、日本の若者が韓国に親しみを持つようになりました。

カリスマは、まだ46歳。これからもK-POPをグイグイ引っ張っていくことが期待されます。

参照→https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%8B%E3%83%A7%E3%83%B3
https://ko.wikipedia.org/wiki/%EB%B0%95%EC%A7%84%EC%98%81
https://entertain.naver.com/read?oid=109&aid=0000074931

トップ画像→Alexander Dummer(Unsplashから)



カテゴリー: K-POP韓国情報