先日、新聞を読んでいたら、外国から日本に働きに来ている人のインタビューが載っていて、その境遇に驚きました。

最低賃金を下回るお給料、恋愛禁止、さらには外出禁止や暴力など、こんな非道なことが日本で通用しているというのは恥ずかしいことだな、と痛感したわけです。

それはそうなのですが、私の目を引いたのは、日系ブラジル人のコメントでした。祖父が日本人なのに、日本に来たら友だちもできず、言葉も分からず、アルバイトもろくになく、苦しい境遇にあるとのこと。
 


 

ネトウヨと呼ばれる人々や、右翼系の政治家などはよく、「日本は日本人、日本民族のための国だ」と言いますが、それではなぜ日系ブラジル人は誰にも助けてもらえないのか。日本人を祖先に持つことが、なぜ他の外国人労働者よりもプラスに働かないのだろうか。

おそらく日本全国探しても、日系ではない外国人の受け入れに反対しながら、日系人をサポートしている右翼団体、のようなものは存在しないと思います。あれば良いというものでもないですが、あってもおかしくはないと思うのですが。

もしかして、日本人は国内に暮らす外国人に対しては厳しいわりに、外国に暮らす日本人・日系人にも関心がないんじゃないか。右翼は、よく韓国や中国のことを批判しているけれど、それは日本人が冷たいだけだからじゃないか。

今回の記事では、そんな疑問から出発して、隣国の韓国・中国と比較しながら、日本の抱える「内側・外側」の民族問題について、自分なりにまとめてみたいと思います。
 

海外同胞にも冷たい日本


 
日本では、移民や外国人労働者、さらには民族的には近いはずの中国人や韓国人に対する恐怖心が強く、ヘイトスピーチや排外的なデモが繰り返されています。

とはいうものの、世界には日本並み、あるいはそれ以上に排外的な国が無いわけではありません。ところが、そうした国々では、他の国で暮らす同じ民族の人々との連帯感が強いのが特徴です。

例えば、旧ユーゴスラビアでは民族や宗教を巡って戦いや虐殺が続きましたが、それは強い民族意識に根ざしています。「オレたちの土地から外国人を追い出せ」という主張は、必ず「同じ民族が住んでいる土地は、外国から奪うべきだ、統一させるべきだ」という思考とセットになっていました。

ところが、上でも述べたように、日本人は日系人に対する愛着が強くない、というまったくありません。「こんなところに日本人が住んでいた〜」という番組をよく放送しているわりには、私たちは外国に暮らす日本人を、日本人の枠から排除しがちです。
 

「物語」の無さが同胞意識の薄さへ


 
なぜ、海外の日系人に対して愛着がないのか。それは、海外への移民のプロセスに「物語」がないからだと思います。

例えば、韓国系の人が世界中に広がった原因としては、戦前であれば日本の植民地支配、戦後であれば不安定な政治体制や軍の独裁などが挙げられます。自ら望んで出て行ったのではなく、やむを得ない事情があったという事実です。

つまり、問題が解決すれば帰国する可能性がある、といえます。実際、日本からの解放後、あるいは民主化後に一部の人は韓国に帰国していますし、残った人も民族意識を保つことができました。

一方で日本の人々が日本を去り、アメリカや南米に移住した理由は、ほとんどの場合、農作地の不足でした。彼らも望んで日本を去ったとはいえませんが、「出ていくことを余儀なくされた」とまではいえませんし、日本に帰ってくることも基本的には予定していなかったのではないでしょうか。

一世であれば、当然故郷や家族を恋しく思ったはずですし、日本に残った家族も連絡を取り続けたと思いますが、永久的に現地で暮らすことを決めていく以上、時間が経ち、世代を経るごとに日本への愛着が薄れること、日本に残された家族も世代を経て、少しずつ海外に住む親戚の存在を忘れていくことは、仕方ないのかもしれません。

カテゴリー: 政治・日韓関係