このジジジ・ミュージックを作った2017年8月、私はメディアの作り方についてまったく何も知らない状態でした。現在でも個人で試行錯誤を続けているため、見た目は悪いままです。

しかし、2018年11月現在では毎月10万PVを超えるアクセスがあり、多くの方にご覧いただいています。いくつかの芸能関係の会社さまとも連絡させていただき、これまでには知らなかったような繋がりを持つことができるようになりました。

でも、今後さらに多くのK-POPファンの方にこのサイトを見ていただけると信じているし、もっと様々な会社さまと一緒にお仕事ができる機会があると確信しています。その中で、一度「ジジジ」の自己紹介をしようと考えました。

また、「思い出を共有したい」という思いもあります。今現在サイトを見てくださっている方の多くが、2000年以降の生まれのようです。年齢に関係なく、本当に韓国の文化や音楽に関心を持って、広く深い知識を持っていることに驚かされます。

その一方で、このサイトを見ている時に、「あ、世代が違うな」「なに言ってるんだろう、センスが古い」と考えられるかもしれないとも思っています。K-POPは短い間に急速に成長してきたので、何年か生まれる時期が違うだけで、考え方も大きく変わってくるでしょう。

ここからは、私とK-POPとの出会い、最初に受けた印象、なぜもともとはJ-POP・洋楽のサイトだったジジジ・ミュージックをK-POPサイトにしたのか、などをお話ししていきたいと思います。
 

KARAがきっかけに

すでに述べたように、私は1996年世代。当然、2002年の日韓W杯、2003年の『冬のソナタ』のヒットを目撃しています。

しかし、W杯の時はただただサッカーに興奮していただけで、あまり「韓国」を意識したこともなかったし、『冬のソナタ』は正直に言って、おばさま方向けの印象がありました。

だから、KARAが2009年に日本上陸を果たした時、本当に大きな衝撃を受けたのを覚えています。「セクシーヒップダンス」がテレビで流れた時、当時中学生だった私は第一印象で「ちょっと嫌らしいな」と思ったものの、「ラ・ラ・ラ・ラ・ラ・ラ」の繰り返しが耳に残り、気が付いた時にはCDを買ってしまっていました。

当時、コンビニでお菓子を2個買うと、KARAの3Dシールを1枚もらえるキャンペーンがあったのですが、あちらこちらの店を回ってメンバー全員分を集める、なんてこともやっていました。

ちなみに、KARAの推しは「ジヨン」。最年少でありながら、大人っぽい魅力を持っていて、心を奪われてしまいました。KARA解散後、折からの日韓関係の悪化や韓国での知名度の低さもあって、他のメンバーが活躍できなくなっていく中でも、ジヨンは「知英」として日本で女優として活躍を続けています。私の目は正しかったのかもしれません(笑)。

一方で、当時同じくらい人気があった少女時代にはあまり関心を持ちませんでした。その理由は。「服装が古い」から。

日本と韓国のファッション文化は違って当然なのですから、かなり差別的な考え方です。でも中学生の目から見ると、原色の強い色の服は90年代っぽい、という印象でした。

自己弁護させてもらうなら、2009年頃まで日本と韓国のファッションやメイクはまったく違いました。今では街の中で韓国人観光客とすれ違っても気が付くことはありませんが、当時は「あ、韓国の人だ」と分かったものです。

今では少女時代のメンバーたちの活躍の幅の広さに驚かされることばかりだし、最も尊敬しているK-POPユニットですが、とにかく当時はその魅力があまり分からなかったのです。

ちなみに、初めて少女時代の魅力に気が付けたのは、『Oh!』のMVを見たとき。私が見たのは韓国語バージョンだったのですが、チアリーダーの服装に揃えながらも、1人1人の魅力をしっかりアピールできているのに惹かれました。

私のK-POP生活は、このように音楽自体よりもMVを重視してきたのかもしれません。ただ、この頃(2011〜2012年頃)日韓関係はかなり悪くなっていました。

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